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 船のオーナーであったころ、主にシングルハンドでセーリングをしていた。友人もいるにはいたが、景気がいいのか?悪いのか?土日は、ほとんどが仕事だったり、暇なやつは船に弱かったりで、海が趣味というやつはいなかった。仕方なく1人で出港をしていたが最初のころは、おっかなびっくりで不必要に緊張し、ちょっとした船のキシミにも敏感になってしまいセーリングを楽しむ余裕なんてなかった。

 しかしながら、何度もセーリングをするうちに慣れてきた。セーリングをしながら音楽を聞く余裕もしだいに出てきた。特にエンジンを止めて、風だけで走り始めたときに聞く音楽は、良い気持ちだった。何度繰り返しても飽きなかった。どこまでも、いつまでもそのまま、セーリングをしていたかった。

 お気に入りの音楽に、波を切る音、船の横腹を波が叩く音、セールがパタパタと風音を出す音が伴奏となり、さらに気もちが良かった。

 船のキャビンには、自作したスピーカーBOXを、取り付けて聞いていたが、コックピットで聞くと、どうも音がこもってしまう、考えてみればヨットのキャビンは樽のような空間です。ある種のスピーカーBOXと同じなんです。そのBOXの腹の中に、さらにスピーカーBOXを設置したものだから音がワレて、こもってしまったのですね。そこで、いろいろ聞く位置や姿勢を変えたしているうちに、ベストな場所を見つけた。

 船のキャビンに、出入りする敷居(ドッグハウス)に座り、なるべく内側に頭を寄せると具合が良かった。ステレオ効果が出て、低音や高音もメリハリがあり、聞きやすかった。そこに座ると音楽も良い音が聞けて、さらに日陰にもなる。前方や周囲の見張りも出来る。一石三(鳥)なのです。

 流す音楽は、何でも有りだった。歌謡曲、クラッシック、民謡、ジャズ、映画音楽、特にブルース、

 といっても「窓を開ければ、港が見える~。」では、有りません。

 シカゴ・ブルースです。そういった曲をその日の天候や風や、波により適当に選曲をしてCDをほうりこんでいた。

 

海が、荒れはじめて、風も上がり、船のヒールもきつくなると、ブルースをよく流した。ビートの効いた音楽は、恐怖心を麻痺させる効果があるらしく、精神的にハイになり「おりゃー もっと風吹かんかい。もっとヒールせんかい 走らんかい。」とわめきながら、メインシートをさらに絞ったりしていた。今考えるとアホなことをしていたものです。

 いつもそうしていたわけではありません。荒れた日にセーリングをするのは仕方がない日なのです。慶良間にクルージングしての帰りに、スケジュール的に無理をして帰港してしまった時などです。ひごろのセーリングは、むしろ穏やかな日のほうが多いのです。

 天気の良い日、緩やかな音楽や、海のウネリに合った曲を好んで流していた。歌謡曲でよく聞いた曲は、ちあきなおみですね。彼女の歌は海上で聞く歌としては、ぴったりでした。船が風を受け、かしみながら波を切り水平線に向い、曲のリズムにあわせてのセーリングは気持ちの良いものでした。

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/宛名はかけど一文字も

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こちらには、歌詞を掲載しておりましたが、著作権法違反及び複製権違反及び公衆送信権違反に抵触

するということで、掲載しておりませ~ん。悪しからず。

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 すばらしい、なんと良い歌詞なのだ。なんていい曲なのだ。相手の野郎がうらやましい、贅沢な野郎だ。

 

 海上でこういった曲を聞くと、もう陸に帰りたくない。港の白い灯台が見えてハーバーが近くなると、おもわずタックして、再度、沖に舳先を向けてしまう。

 そんな感じで、セーリングとBGMは、良い感じでありました。そんな時、いつものようにキャビンの敷居に座り、BGMを効いていたら、海上の風が急に変化して、後方から突風が吹き連ねた。その瞬間、ブームが急反転して、俺の左側頭部にかなりの衝撃で当った。ジャストミートこそしなかったが、かなり強くチップした。

 一瞬クラッとして階段を転げ落ちそうになった。おもわず、頭に手をやり、傷はないか確かめたが幸いコブだけで怪我はないようだ。頭の毛が、ほとんど無いのでその分スベリが良かったのかもしれない。

 頭を打って二三日経過しても、頭痛と首の痛みが続いたので、これは、おかしいチョット変だと思い、総合病院で診察してもらった。いろんな検査の診査結果。先生が、フィルムに写る規則正しく並んだ、頭のスライス画面を見ながら

 「ボーダーラインですね。」

 「?ぼうだらいん」

  「せんせい ぼうだらいんて なんですろ?」

 「ぼうだうらいんと、言います。ま 良くもないが、悪くもないと言うことです。しばらく経過した後に、症状が出てくる事も    あります。注意してください。」

 「ぼうだらいん?わかりました。・・」

 

しばらくしても症状は出なかった。ただ、肩こりと偏頭痛は続いた。脳味噌に直接、扇風機で側面から微風の風を当てている感じでジクジク、チクチクが側頭部に残った。この感じは19歳のころバイク事故で頭を打った時の感じに似ている。懐かしい痛みだ。

 

 19のころ、真夏、バイク仲間と山道の赤土凸凹道路をかっ飛ばしていたら、かなり凹んだくぼみにフロントタイヤがはまり込んでそのまま、いきよいよくバイクが前転したらしい。その瞬間は記憶にない。オフロードでのバイク走行は基本的に中腰で乗り回したほうが、安定するのでそうしていたが、その姿勢がよけいに前転しやすくしていた。

 くぼみにはまった瞬間、勢いあまって前のめりになりハンドルバーに、顔面を強打して、はるか前方に弾き飛ばされ地面に叩きつけられた後を、バラバラになったバイクが、ドッシャン、ガシャンともんどりうって、追い抜いていったらしい。ガソリンタンクはフレームからひきちぎられ、あらぬ方向に転がり、フロントホークとタイヤもフレームから、折れちぎれて、はるか前方に転がっていった。

 赤土にまみれ ほこりだらけになり地面にぶっ倒れピクリとも動かない人間を見た仲間たちは、これは、大変なことになった。救急車を呼びに言っている時間は無い、と思ったのか、ダットサン・トラックの荷台に、ぐったりした俺を担ぎ込み山道をフルスピードで駆け下り、当時の1号線に抜け、病院に向かった。気を失ってはいたが、時々意識が戻っていたらしい。荷台に乗り込んだ付き添いの仲間が心配そうに覗き込んできたのを覚えている。

 覗き込んだ顔の向こうに、青い空が広がっていた。車は、よほど急いでいたらしく、硬い荷台に横たわっていても、シフトUPして加速する感覚や、ブレーキを踏み込む感覚が背中で分かった。意識が散発的に戻ったとき、電線や信号機が後方に流れて行くのが見えた。車が停止した時、街路樹の葉っぱの裏々からの木漏れ日がとくにまぶしかった。

 

 次に意識が戻ったのは中部病院の救急処置室だった。意識が戻ったのか、戻されたのか解らないが、周りの状況がすこし解った。看護婦さんがハサミでズボンやらTシャツを切り刻みながら何か言っていたが、あまりの気持ちの悪さと、痛みで、一言も答えきれなかった。救急スタッフや先生が傷の手当てをして下さっていたはずだが、あまり覚えていない。

 ある程度、応急処置をしてもらって外科病棟に移された。そこは、L字型の広い病棟でベットが整然と配置されていた。最近の病棟は、各ベットにカーテンが設置されているが、当時の外科病棟には、そんなハイカラなものはなかった。そのため、回り全体の見晴らしがよく全体的に明るかった。病棟の窓々は開いていて、中庭に植樹された木々のトップが風にゆれて見えていたので2階か3階だったのでしょう。

 自分のベッドは、窓際より廊下に近いところに配置されて落ち着いた。そこは、トイレにも近く都合が良かった。ベッドで寝ていて感じたことは、頭全体が異常に痛く重く。顔面が麻痺しているのか、どうも言葉がうまく話せないし、唾が飲み込みづらい、それに、左肩が腕を動かすと猛烈に痛んだ。

 尿意をもようしたので、けだるい体をベッドから起こし、よたよたとトイレに行き事を済まし、鏡に写った自分を見ると、知らないやつが「イ~」をしています。赤黒い紫色のアイスボンボンのようにはれ上がった顔に、下あごの歯を裏側の歯茎まではっきり見せて「イ~」をしているのです。お岩さんのように片目がはれあがり、ブルドッグのように下あごを突き出し歯を見せて「イ~」していたのです。「???」鏡に寄り確認してみると、自分の顔が変わり果てている。

 どうやら顔面を強打した時、下顎を骨折したらしい。うでを伸ばして顔を触ろうとすると、左の肩がズキンときた。着物をずらして見ると骨が折れたのか、左の鎖骨が皮膚の下から盛り上がっています。あきらかに折れた骨が皮膚を突き破ろうと盛り上がっているのです。

 人間は、あまりのショックの場合、防衛本能があるらしく、ショックをショックと受け止めないらしい、19歳のガキが冷静に自分の変わり果てた様相を観察していた。それとも、脳震盪を起こしたばかりで冷静に事の重大さを判断出来なかったかもしれません。

 2~3日経過した後、全身麻酔で、あごの整形手術を受けたが、鎖骨の手術や治療は一切しなかった。おそらく鎖骨の骨折くらいは怪我のうちに入らないのでしょう。腫れをひかせる張り薬もなかったし、腕を固定する三角の布もなかった。

 手術が終わったその日は、5歳年上の姉貴が付き添いの為に泊まりにきた。その姉貴は面倒見は良いが、少しアバウトで体育会系なのです。なにを思ったのかいろいろ詰め込んで来た紙袋の中に、目覚まし時計が入っていた。目覚時計といえばイメージのとうり、あの典型的なベルが二つ付いた、あの時計なのです。

 姉貴が、枕元において寝たのはいいが、真夜中に、けたましいベルの音が「ジリジリジリカンカン-----」と皆が寝入った外科病棟に鳴り響いた。あまりに突然に、目覚時計が自分の左側でジリジリと鳴き叫ぶのに驚いて、思わず左腕でストップボタンを押してしまった。

 あとは、19のガキの、痛みをこらえたうめき声が、しばらく続いた。

 「イタタ・・・お前 け、けえれ。いますぐ 帰れ。イタイ、イタイ・イタイ・イタイ」消灯された真夜中の外科病棟でしばらく続いた。

 姉貴は、何事かといった感じで眼を覚ましたが、再び爆睡していた。手術後の麻酔も切れてきて、痛みも増してきた上にこのハプニング、眠れるはずもなく、苦しがっていると、夜勤の看護婦さんが痛み止めを打ってくれたので、ようやく寝ることができた。まったく、だいたい病院に目覚まし時計を持ってくること自体がおかしいじゃないか。おまえが頭の手術を受けてしまえと思った。 後に体育の先生になり結婚もしたが、旦那に「おまえの頭は、パーマを、かけるためにあるのか?」とよく言われたらしい。

 朝、洗面所で手術後の顔を見たが、下向きになっていた下あごは、きれいに元の位置に戻され、上あごと下あごが針金と普通の輪ゴムで固定されていた。下あごの左下に、何針か縫った痕があり触ってみると鉄板のようなものが感じ取れた。どうやら金属板と木ねじで折れた部分を固定したらしい。右目は真っ赤に充血してかなりはれ上がっていた。最初に俺の顔を見た人は、「目がつぶれたかと思った」と言っていた。

 歩き回ると疲れるので、一日中、ベッドに横になっていた。点滴だけで栄養を取っていたので、体力が急速に落ちていって辛かった。何が一番辛くて痛かったと言うと、一日に何度も打たれる筋肉注射だった。打たれた箇所の筋肉が硬くなり、まるでガラスマガイした後のように筋肉痛になった。いろいろと打つ箇所を変えて打っていたがさすがに打つポイントが重複してきた。筋肉痛の上に更に、注射をしてもみほぐすときの痛みは、あごの骨を骨折した時よりも、鎖骨を折ったときよりも痛くて辛かった。あごの骨を骨折した時は、アッパーカットになり気持ちすら、よかったにちがいない。

 腕をもみながら、ベットでぼうとしていると、病棟の誰かの携帯ラジオから歌が流れていた。「オラハ。シンジマッタダ~ オラハ。シンジマッタダ~ テンゴクヨイトコイチドハオイデ ワーワー」当時、はやり始めの歌だが、病棟で聞くにはシャレが効きすぎていた。「ダイガクノートノ ウラビョウシニ ハナコチャンヲ カイタノ~ ケシゴムデ ケシタカラ キエタノ~」この歌も、当時、はやり始めの歌で、一日中流れていて耳障りだった。

 

 約1ヶ月程の流動食と点滴で、63kgあった体重は48kgまで落ちていた。あごと、鎖骨の具合もかなり回復していたが偏頭痛だけは、しばらく残った。ヨットのブームで頭を打った後の偏頭痛に似ていた。

 趣味のセーリングと、音楽が原因で、頭を打ちのめしていては、いただけません。万が一、意識を失い落水でもしていたら、と思うと、冷や汗物です。それからは、安全で安定したコックピットに座り、ちゃんと舵を握りBGMを、聞くようにしていた。

 キャビンに、設置したカーステレオは、当時の価格で6万円位したが、調子がおかしくなり始めていた。塩気の多い船内なので仕方がないが、曲が終わっても、CDが出てこない症状がたびたび出た。そこで、分解清掃をしてみたが、調子のいいときもあれば、同じ症状が出る時もありで、完全回復とはいかなかった。そんな時は、軽くぶん殴ると、CDを吐き出してきた。

 しかし、こいつは、分解清掃以来、CDを入れる時、軽く抵抗したと思うと、急にひったくるように受け取り、収納しはじめた。この受け取り方が「カチン」とくる。もう少し気分よく、受け取れないものだろうか。

 かと思うと、ひったくるように受け取った後「ペ!」と吐き出してくる。何度、押し込んでも「ペ!」「ペ!」と吐き出すにはまいった。聞きたい曲ほど拒否してくる。

 原因を、いろいろ考えた。「よく聞くCDほど、キャビンの塩気がつく可能性が高い、その塩分が誤作動をさせているのではないかと」そこで、着ているTシャツで、CDを、拭き吹き、してやり押し込んだ。結果はOKです。それからは、素直にひったぐった。

 歌うのは苦手で、聞くほうが好き、なので船で聞いていたが、さすがにハーバーでは、音量に気をつかってしまう、やはり、沖に船を出し、広い大海原でそれなりの音量を出して、1人で聞き入っていた。

 好きな曲のひとつに、谷村 新司「昴」があった。イントロが好きだった。大海原によく合っていた。「イントロが流れ始めると、ジブセールの、はるか前方の水平線が壮大な大パノラマ」に感じた。そして、やがて、歌詞が始まる。不連続の連続の、うねりに合わせて。

  

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  目を閉じて 

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こちらには、歌詞を掲載しておりましたが、著作権法違反及び複製権違反及び公衆送信権違反に抵触

するということで、削除致しまして、掲載しておりませ~ん。悪しからず。

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 すばらしい。最高だ。天気も良いし、風も良し、曲も良い。「サイコーヤッサ~」とおもわず海上で叫ぶ。

  しかし、おれの頭の様に、ぼうだらいんなステレオがおかしくなり始めた。中途半端に、分解したせいかもしれない。

  

  呼吸(イキ)をすれば 胸の中 カカカカカカカカカカカカカ

  凩(コガラシ)は 吠(ナ)きキキキキイキキキキ続ける

  されど我がガガガガガガガガガガガガ胸は熱く

  テテテテテテテテテ・・・・・トトトトトトトトトトトトトトトトトトトトトトトト・・・・・・・・・・・。

 

 「まったく、良い調子だったのに、ポンコツステレオめ」・・・CDの針が飛び始めた。針ではなく、なにかが飛び始めた。そうか、光が飛び始めたかもしれない。デジタルな音がへそを、まげて飛び散らかった。

 すばやく、キャビンに駆け込み、CDを、引き出そうとしても、吐き出さない。軽くコツンと叩いたが、吐き出さない、そうとう強くぶん殴ったら、吐き出した後、機能停止した。電源は入っているが操作不良となった。

 「テメ~、今、動かなかったら、電線を引きちぎるからな~、冗談ではないからなナナナナナナナナナナ・・・・・・・・、おれは、頭が、ぼうだらいん、だから、なにをするかわからないゾゾゾゾゾゾ・・。カカカカカカカカ・・・・・・・・・・トトトトトトトトトトトトトト・・・・・・・・・。

 「いかん、頭が、おかしくなっている。今度、病院で脳波を調べてもらおう、よし、そうしようカカカカカカカ・・・・・・・・・・・??。

 

  

☆ ぼうだらいん
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