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腹腔鏡下胆のう摘出術
 平成2007年3月某日

 晩御飯を,食べ終わり,横になっているとなんとなく胸が苦しい、おかしい,仰向けになったり横にねてみたり、起き上がってみたり 体勢を,かえても変わらない。こんな症状は初めてだぞ、しばらくようすを見ていると、益々胸が苦しくなってきた。締め付けるような刺すような妙なかんじで、不安になってきた。脂汗まで出てくる始末。

 苦しいのを我慢して、インターネットで検索、「胸が苦しい」。すると狭心症の文字が大半ではないですか、これは大変なことになってきた、家内と近くの総合病院に車で夜間救急へ。

 受付で、胸が苦しいと告げると、治療室へ案内され診察が始まり、血液検査やら、CT、MRI.やらいろんな検査に回され、診察結果は、「胆のうの出口に石がつまっていますね。手術したほうがいいですね。」・・・・.。心臓ではなかった。でもタンノーに石、出口に詰まりで、狭心症の症状が出るとは思わなかった。

 即 入院と、いうわけにも行かず。仕事の状況は、2年に一度の繁忙期、(19・20年度入札参加申請)をずらし、手術を受けることにしました。まず調べることは、民間の医療保険(アヒルのやつです)に加入済みなので、今回の、手術が保険に該当するかを聞かなければなりません。

 インフォメーションに電話すると。正確な、手術名を教えてほしいとのこと。そこで病院に電話し、担当のお医者さんに手術名を聞いてみると、「吹くクー強化タンノーテキシュツジュツ」 とのこと、なるほど「吹くクー強化タンノーテキシュツジュツ」というのか。手術といわず、術というのが響きが良いな、とわけのわからんことに関心しながら、アヒルに連絡。アヒルいわく、「該当いたします。お体を大切に。」とのメッセージ。

 

 胸が苦しくなる6~7日前、Aプライスで、牛肉のスープ用を、購入し牛汁を作りお父さん料理だ~。と家族に出したら総スカン、家族いわく、「しつこくて臭い」と誰も食べず、しかたなく、後処理を私1人で毎晩食べましたが、さすがに飽きてきた。すこし、味を変えようかなとまたまたAプライスへ、そこで見つけました。ヒージャーの肉を、それを一袋買い込んで、残り少なくなった牛汁へ、一袋分投入。

 究極の,牛汁・ヒージャー・ミックススープ、プラス、フーチバーはトッピングの出来上がり。再び、お父さん料理第二段を家族に出すも、強烈に拒否。ナベのフタすらあけない始末。私自身としてはうまく出来たつもりなんですけどね~。スープも、あまり濁りがなく、フーチバーの香りよく、これまた1人で毎晩ビール片手においしくいただきました。

 考えてみると、動物性脂肪分を大量に、毎日摂取した結果、胆のう、が悲鳴をあげたのではなかろうかと。病院で検査をうけながら反省しつつ、思い返しておりました。

 手術の日程が木曜日の1時に決まり、水曜日の午後2時に入院とのこと、11時までには、受付を済ますよう指示を受け、当日外科へ。そこで血圧やらなんやらを済ませたものの、あと2時間も時間があまってしまい、腹もへったので一階の売店で弁当購入、さてどこで食うか、適当な場所がない。

 入院セットと、下着類でふくらんだ紙袋を片手に、あっちうろうろ、こっちうろうろ、・・・。ありました、ありましたベンチが、そこに座り昼食。そこは、病院の送迎用らしくあわただしい。目の前は、駐車場のゲートのバーが、頻繁に上がったり下がったり。ベンチの横では、野良猫がじっと前足をそろえて、ものほしそうに、私のおはしの上げ下げを見てるし。

 

3月某日水曜日 入院1日目

 3階の外科病棟の病室は、6人部屋で建物の東側です。カーテンをしっかり締め切った人、完全にオープンな人、どうでもいい人、さまざまな患者さんがいらっしゃいます。とりあえずあいさつを済ませ。入院セットと着替えを出したり。あれやこれやで時間をつぶしていました。 最近のテレビはカード式になっているんですね。以前はコイン式だったような記憶が。

 夕方 看護婦さんや、執刀担当のお医者さん、助手の女医さん、麻酔科のお医者さんなど、スタッフの方々がお一人ずつ、丁寧に、手術の内容の説明や、いろいろ、体調などをリサーチして頂きました。私が、一番気になって不安だったのは、「背骨に注射をするのか?」、「尿道に管を入れるのか?」、の2点でしたが幸い無しとのこと。この2点は、過去に経験があり、辛かった思い出があるのです。さらに付け加えると、「カンチョウも無し」、「下の毛は御自分でよろしく」とのこと。

 夕飯は、軽く食事が出て完食。やがて、消灯時間になり、さあ就寝と思ったら、なにやらすごいいびきが斜め向かいのベットから聞こえます。たしか昼ごろ、関取なみの体格が、テレビを見ながら、独り言をぶつぶつ言い、何やら食っていましたね。

 そいつの、いびきが半端じゃない。そんでもって、時々いびきがぴたっと止まるんです。急に、騒音が止まるので思わず、「大丈夫かこいつは」、と心配して、半身を起し、音のしないほうを気にしていると。ブ~っとおならをぶっぱなし、再び騒音発生。・・・だいたい、音が静かになると気になるといった。混乱した状況で、くたくたになりその晩の後半はぐっすり寝てしまいました。

 

入院二日目木曜日 手術当日

 手術は、午後1時ごろとのことで、下の毛の処理や、着替えなどを済ませて、手術を受けるときの心得などのプリントを斜め読みしているうちに、看護婦さんが、手術室に案内しますとエスコート。私は、看護婦さんの後から、シマサバはいて、ヒタヒタペタペタ付いていきながら、「テレビや、映画などでベンケーシーが、手術室に向かい、ベッドを押しながら、廊下を小走りに、緊張感いっぱいで、観音扉を開け、手術室に駆け込むシーン。」 などを思い出しておりました。

 手術室は、長方刑の部屋で、例のライトが、天井にしっかり取り付けられているようであり。手術ベットのまわりにいろいろなゲージや、ケーブルの付いた機材が配置されています。そこに案内され。私は、自分でシマサバを脱ぎそろえ、ベットに横になります。手術スタッフの皆さんは、大半が顔半分は被うマスクをしているので、誰が誰やらわかりません。

 看護婦さんがプラスチックのマスクを私の顔にあてがい、麻酔科の先生が全身麻酔の説明をしてしばらくするとzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz?。

 「テルヤさん・・てるやさん・・手術終わりましたよ。起きてください、痛み止め入れておきましたからね」。、、、もうろうとした頭で、そうか、手術終わったのか、ベッドをうつされ手術室とは別室に移されたんだな。と、意識がはっきりしてきたとき、痛み止め入れといた。が気になった、「何処に何時」!!。

 手術後の痛みは、それほどでもありません。しいて表現すると、腹筋100回して2日目、咳をすると辛い程度です。腕には、点滴の管が、キャスターには袋がぶら下がり。その下に、一滴一滴流量調整されたのが見え、おなかの手術跡はどうなっているのだと気になり。シャツをたぐり、はらを見てみると、普通のバンドエイドが、4箇所に張られています。剥がしてみると、「ここから胆のうを取り出したのか」。ヘソの下とミゾオチの下に真横に2針ずつ、右わき腹に2箇所1針ずつ縫った跡があります。しかしまあ 現代医療技術はたいしたものです。

 手術日 当日の夕飯もちゃんと出ます。少し硬めの、おかゆさん、そして味噌汁。その日、はじめての食事です。はらはへっているが起きてまで食う気はしない。しかし 目の前に膳がある、ここは食っておかないと明日まで飯にありつけないと思い、起き出して食事。

 「うまい、うまい、おかゆさんがうまい、味噌汁もうまい」、完食。今日手術したとは思えない。オシッコも、点滴キャスターに体重をかけながらトイレに行き、ちゃんと出ました。以前、全身麻酔の手術のあと、満タンになった膀胱で、シッコが出ない出しきれない症状で尿道に管を挿入されたことがあり、今日最初のシッコが非常に心配だったのですよ。自力で出せてよかったよかった。            

入院3日目手術から2日目 金曜日

 手術後の経過を見るための部屋から、再び例の6人部屋に、移動することになったので、「昨日の部屋はいびきがすごいので変えてください」、と要望。願いが叶い、6ベット部屋に、患者さんが4人しかいない部屋に移ることになり、経過室からベットを自分で押して移動。今度の部屋は静かそうだぞ、よしよし。

 部屋に移動後、することもないので、備え付けのテレビを見ようとリモコンを引っ張り出してみると、長い有線式ではないですか。売店で購入した、イヤホンも、これまたやたら長い線が、テレビを見ながら、体勢を変えたりしているうちに2本の線が絡みまくり、どうしようもない。「まったく、くそ、このやろ、」、と、のど飴をなめなめ、「ぶつぶつ」言い、線の絡みを直していると、思い出した。このしぐさは、昨日見たことがあるぞ・・・。

 執刀担当のお医者さんの巡回診察もありましたが、手術跡を、消毒することもせず、リバテープを換えるくらいです。なんでも、最近の処置方法らしいですね。自分自身の治癒力に任せるのでしょうか?ついでに聞いてみました、「明日退院したい」、とするとOK、「シャワーのときはリバ・テープを外して下さい」、とのこと。

 入院最後の晩飯です。いろいろ品数も多く、そこそこ量もあります。我が家のメシより、良いかもしれない、もちろん完食、朝飯も、昼飯もうまかった。ちょっと恥ずかしかったのは、部屋のみなさんが、半分も食べ終らないのに、私のお膳は終了だったことです。痛風持ちは、早食いが多いというのは本当かもしれません。

入院4日目手術から3日目 土曜日

 いよいよ退院です。長かったような、短かったような、退院の手続きや、精算をすませてベットで休んでいると、女医さんが、お土産を持ってきてくれました。真空パックされた小さな袋です。渡された袋を、老眼鏡をかけ見てみると胆石です。大きさは4~5ミリくらいのが2~3個黒ぽいのが入っていました。これが、悪さをしていたのかと、思いながらまじまじとみてしまいましたね。

 我が家に帰りつきほっとした。やはり我が家は良い、メシがどうのこうの、もう言うまい。晩酌も控えよう、控えなければなりません。と反省しながら久しぶりの、せまい家のなかを見回りながら、冷蔵庫の前に立ったたとき、いつもの習慣でドアをオープン、「お、、99パーセント・プリンタイ・カットの冷たいのが、これは先週の在庫じゃないか。退院祝い、退院祝い」・・・・・・・躍雀・・・・・躍雀・・・・・・・・みなさんお体は大切に。

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/ 番外編 読み人しらず

 

もうすぐ手術をうけることになっている男が必死になって車椅子でホールにやってきた。
婦長が彼を止め、尋ねた。「どうしたんですか?」
「今、看護婦さんが言ったんです。『簡単な手術だから心配ないですよ。きっとうまくいきますわ』って」
「あなたを安心させようとしたんでしょ。何をそんなに怖がってるの」

「看護婦さんは私に言ったんじゃないんです。主治医にそう言ったんです」

   

 


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