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ケンケンとおツマミ
 10数年前 宜野湾マリーナには、主なポンツーンは二本,東西に設置されその内の一本がヨット用に使用されていました今考えると暫定的に設置されていたのでしょう。現在のマリーナより、のんびりゆったりした雰囲気があり、敷地内も木立の木陰や芝生帯も多く、係留船も少なかったですね。クシの歯が欠けた感じでまばらに船が、ポンツーンに係留されていました。

 DR・A氏のクルーであった私は、毎週 日曜日、クーラーBOXを肩にひっさげてポンツーンを、なぜか焦りながら特に焦る理由もないのに、「ヨッシャ、これからセーリングするどー、デージロー」、と気合を入れながら、船に向かい、つい早足になっていました。毎回そうでした。早朝は、桟橋をまっすぐ早足でしたが、セーリングも十分楽しんで夕方帰るころには、アピトンを横に張られた通路を、ジグザグに、ポンツーンをこけつまろびつ、クーラーBOXを引きずりながら、ドタドタと帰ったのを思い出します。

 現在は海上もアルコールは禁止ですが、あの時代は特に規定はありませんでした。むしろセーリングには欠かせないものの一つでした。欠かせないものと言えばトローリング・セット(ヨット用語でケンケン)があります。

 ケンケンとは、木製式の木枠にティーナと呼ばれる特殊なテグスが100mばかり巻かれています。その先にヒコウキに似たこれまた木製のやつが結び付けられ、その先に赤や青、白といったタコベイトを一ヒロごとに取り付けてあり、この疑似餌にカツオなどが食いつく仕組みです。出航すると、なにはともあれ このケンケンを船尾から流します。

 セーリング・コースは風向きにより変えます。主にアビームのほうが都合がよかったですね。セールトリムがおちつくと、我々はクーラーBOXを足元に引き寄せ、まずはカンパイ、おっと、海神様にもお神酒をしなくては、ビールを少し海に流します。オーナーDR/A氏のヨットは別名ギョットとも言ってましたので、ここは海神様にも願をかけます。「どうか、大物がひっかかりますように」・・・・・

 

 穏やかな日のセーリング・トローリングは、特にすることもないのでキャビンに取り付けられた、カーステレオにテープを入れます。お気に入りは ベニーグッドマンでした。そのテープをながすと、なぜか魚がヒットする確立が高かったのでよくながしていました。最高記録は、わずか2時間ほどの間に七匹ゲットしたことですね。カツオにキハダ、シイラ、ソーダといろいろな種類のお魚さんの尾びれが、クーラーBOXのフタの間からはみでています。この釣果に我々はさらにプルタブに指をかけカンパイを重ねるのです。

 ある日の日曜日 東の風 (宜野湾の海は東風だと風が多少きつくても、波はあまりたたず セーリングには良いコンディションが多かったような気がします。)いつものように残波岬にコースを取り、しばらくすると魚がヒット。ティーナをたぐると、重いこれは大物だ。・・・

 ティーナをたぐるにはこつがあります。(利き腕)右手でたぐり左手はティーナが絡まないよう、コックピットに叩きつける感じで、大きく輪をかきながら落としていきます。そうしているうちに魚がたぐりよせられてきて、魚の種類が解ります。「スマだー。スマ、スマ」・・・・   スマップではありません。スマガツオです別名トロガツオともいいます。とにかく大ぶりなカツオでハラゴーに黒の斑点が特徴です。そいつは、あぶらがのり、とにかくうまい、声がうらがえり奇声を出すのも無理もありません。

 カツオは、船に引き寄せられ、ギャフを用意されると、さらに、かなりあばれます。船尾を、右に左に斜めに下に、魚体はブルーになったり、白く光ったり、なんとかギャフからのがれようとします。そのとき魚の目は必死です、白目をむいてこちらをにらんできます、そこをタイミングよくギャフを打たなければなりません。

 もしも肝心なところで魚を取り逃がすと、舵を握っている御方が、白目をむいてにらんできます。責任は重大です。「たかが魚ではないか。」そんな雰囲気ではありません。ギョットのオーナー、クルーともに最大のイベントなのでございます。

 ようやく、ギャフを打ち、抜き上げても、そのままコックピットに降ろしてはなりません。そこには、ティーナが巻き落とされています。暴れまくるカツオがひっかきまわし、絡みまくるからです。すばやくバケツに海水を汲みいれ、カツオを頭から突っ込みます。

 このとき肝心なのが、血抜きなのです。暴れまくるカツオを押さえつけ、エラブタから人差し指をさしこみ、カツオのエラをクイっと引きちぎります。そうするとカツオは、バイブレーターのように振動し、バケツの中に血液を出し切って絶命します。血抜きを処理した魚と処理をしない魚は、格段に味がちがいます。それはもう、ちがいます、。

 カツオを処理し、クーラーBOXに収納したあと、コックピットに飛び散ったさかなの血を洗い流していると、さきほどのカツオが吐き出した、キビナゴが5~6匹いるではありませんか。これはうまそうださっそくかき集め、酢醤油を作りキビナゴを小皿に盛り、ビールを用意しカンパイです。キビナゴを酢醤油につけ口にほうりこみ、食してみると「カー。美味」 「ウー。滋味」おいしく頂きました。考えてみると鵜飼といっしょですね。究極のつまみです。

 大物が釣れた喜びから、ビールもすすみます。帰港するころはベニーグッドマン、どころではありません。こてこての、ど演歌を高々とながし、よたよたと船尾を振りながらセーリングです。「トッタドー デージロー」と叫び、コンパスコースだいたい180度、しだいに牧港の煙突が見え、赤の2番ブイを確認して、緑の3番ブイも確認したらケンケン回収です。

 ケンケンを回収するときは、まじめにとりこんではいけません。ティーナをたぐりながら、グイ、グイ、と強弱をつけて回収します。そうすると疑似餌が生きた魚のように、アクションのついた動きをします。横目で疑似餌を見ながら、食いつこうか食いつかまいか迷っている魚が、追い食いする場合もたま~にあります。

 ようするに、未練がましく回収するのです。それでも引っかからない場合には、速やかに取り込まなければいけません。緑の3番ブイから航路にはいると、他の船の往来がありますので、超大物を引っ掛けることになってしまいます。

 

 宜野湾マリーナのポンツーンについて、船をかためると、宴会の準備に忙しくなります。魚をさばくのはオーナーであるDR.A氏です。さばきには牛刀を使用しています。このタイプの包丁がさばきやすいそうです。さすがDR、切り刻むのはおてのもの、無駄なく素早く、スマガツオをお皿に盛って行きます。

 その間、クルーは、キャビンの奥から七輪と炭を取り出し、ポンツーンに置き、火を熾したり、食器を広げたり忙しくなってきます。特に命令や、指示や、お願い、もありませんが互いに段取りよく宴会準備がすすんで行きます。

 さばいたカツオのアラは、味噌汁のだしや具になります。採りたて、さばきたての魚アラを、七輪の上に乗せたナベに入れ、ひとにたちすると、味噌を適当な量を投入し、出来上がりです。そうこうしている内に、まわりの船の仲間たちが酒やビールやツマミ等を、持ち寄って集まってきます。たのしい、たのしい宴会の始まりとなります。

 七輪の炭火が、パチパチとはじけ飛ぶのが良い雰囲気です。皆は、赤く、大きく沈んでいく夕日で、顔が赤らんでいるのか、うまい酒やサシミで、顔が赤らんでいるのか、わかりません。皆たのしそうに笑って飲んで語りあっています。

 当時、ヨットの係留場所は、浮き桟橋(ポンツーン)の奥の方でした。そこは人の往来もまだ少なく、わりかし自由にポンツーンで宴会などをしていましたね。そういうことで七輪や料理などをひろげても、気兼ねなく楽しかったです。その桟橋にDR/A氏は蟹かごを毎週土曜日に仕掛け、翌日曜日に回収をしていました。

 餌は、スーパーで購入した秋刀魚です。蟹の餌には、もったいないほど、ぷりぷりの秋刀魚なんです。七輪で焼いて食ったほうがいいんじゃない。と思うほど良い餌を二本も、使用していましたね。年中水揚げがあったかといいますと、そうでもありません。主に秋口の10月~12月がシーズンでした。たまに、ウツボが入りましたがその時は、ウツボさんを、おもいっきりひっぱたいて「二度と入るんじゃねえぞ。」と恫喝し、そっとやさしくリリースしておりました。

 

 セーリング・トローリングを十分楽しんで、帰港しヨットをモヤイ、でかためたら、おもむろに蟹かごを回収します。宜野湾マリーナの水深はだいたい4メートル、底に沈められたかごを、ゆっくりゆっくり、たぐるとだんだん、水中のかごのシルエットが分かり始めます。「お、入っている。入っている」なにやら黒っぽい影が二~三かごの中に見えてきます。

 ワタリガニです。そのかごをポンツーンに上げると、甲羅だけでも20センチはあろうかと思うカニが2匹入っています。甲羅は青みがかった黒色で、うすみどりの線で、呪文のような模様があり、例の平たい後足からハサミまでは、みごとな蛍光ブルーです。はらは白く、これまた例のふんどしがあり、オス・メスで形が違います。

 そのカニを、かごから引っ張り出すのがたいへんな作業です。そいつらは、共同して抵抗してきます。おもいっきり両手をひろげハサミを、カチカチと開け閉めしながら、威嚇してきます。ドッチボールのボールを投げてみろ、受けてやる、といったポーズです。ついでに手を出せ、はさんでやるから、とも見えます。また時々、南方系のマングローブガニも入りましたが、こいつがさらに体形が大きく、黒褐色で気が荒い、威嚇もするが前向きに、積極的に攻撃もしてきた。なめてかかると大怪我します。

 そのカニどもを、なんとかねじ伏せたら、さばきに入ります。カニのハサミに挟まれないようにひっくり返し、ふんどしを開けタワシでごしごし、こすり洗います。その時カニはくすぐったいのかバタバタしますが、かまわずひっくり返し甲羅もタワシでこすります。洗い終わったカニは目が回ったのか、少し静かになり、泡をふいています。

 そこを、すかさず牛刀で、体を真っ二つに介錯してやり、七輪で沸騰しているナベに二匹分ぶちこみ、味噌を入れネギを散らしたら、新鮮カニなべの完成です。我々のポンツーンの下の海底はおそらく、貝塚ならぬ、カニ塚ができているはずです。

宜野湾マリーナで、ポンツーンに七輪をひっぱり出したのはDR.A氏が元祖ではなかろうかと今でも思っています。船のキャビンには七輪、炭、泡盛の古酒五升瓶が、常備されていました。後に三味線も追加されていました。

 

当時 マリーナのポンツーンには、よく若い女性も遊びに来ていました。おそらく観光客でしょう。どことなく、あかぬけていて,地元とは違うファッションでしたから、そのレディたちは なぜか、だいたい見学行動パターンが同じだったのです。

 ポンツーンを,ハイヒールを履きコツコツカラカラ、あきらかに数名が靴音を立ててきます。風上から、甘ったるい芳香剤のような香水の香りが潮風とともに、ヨットのキャビンを吹き抜けてきます。そしてレディたちは,船を見るでなく、マストを見あげるでなく、みなもを見るでなし、ペチャクチャ、キャッキャおしゃべりしながらポンツーンの端から、ポンツーンの突き当たりまで歩行し、行き止まりになると、クルっとUターンし、同じスピードでもと来たポンツーンの端まで戻ると、隣りのポンツーンにカラコロ移っていくのです。

 そんな時、おじさんたちは、たとえキャビンのせまい奥底に、頭をつっこんで汗びっしょりになり作業していても、フォクスルの奥で修理作業、電気配線作業をしていても、それらの気配が、敏感に解るのです。こきたないトイレの分解清掃作業をしていても、ピクっと条件反射で、工具やブラシを、床にパタっと落とし、作業そっちのけに、素早く、バウハッチをガバッと開けそこから首をグイっと伸ばし、香りの本体を探知すべく鼻先を風上に向けひくひくします。

 このように、ハッチから首を出し、周りの気配を探る様子を、諸外国のヨットマンは「ダック・ネック」というらしい。たしかにハッチから首を長く伸ばし、まぬけなつらをキョロキョロするサマは、アヒルかダチョーに似ていておかしいです。

 

 当時はクルーが増えて,私を入れて三名でした。この三名が集まると手に負えなかった。まるで、スピルバーグの映画。グレムリンと化すのです。船長が,大事に大事に保管している。泡盛古酒五升瓶を隠れて,瓶のふたに,爪をたてて開けて飲んでいた。この泡盛古酒がグレムリンどもの大好物だった。とにかく美味かった。

 いろいろな酒造メーカの泡盛をブレンドしてあり,芳醇な香りがして、のどごしがよく,滑らかで美味かった。少しずつ解らない様に、グレムリンどもは隠れて、ひそかに飲んでいた。五升も入る瓶なので2合位飲んでも解らないと思っていた。「いまごろですが船長にあやまります。あの時、隠れて黙って泡盛古酒を飲んで、ごめんなさい。たいへんにおいしかったです。瓶の酒が異常に減っていったのは、ケッシテお酒が蒸発したからではありませんでした。」

 グレムリンどもが、何匹かたむろし、酒を飲むと当然スケベになる。酔いも回ると、話す内容も感心しないものになってきます。「あの○は ×××」「いやおれなら×××」「ちゃうちゃう×××・・ガハハ」なんとも表現に品がない。それに比べると、先人、先輩方の表現は文学的です。

 「月モ 雲間ニ隠レタシ 雨戸モ閉メタシ ガキモ寝タ

コヨイハ 僕ノ アリアマレルトコロヲ 君ノ アリタラザルトコロニ マグワエバ・・・伝々」 。

 そんなころ、ある日曜日に撮影隊が、昼前、ひとけの少ない静かなポンツーンに来たのです。隊 というほどでもないかもしれないが、女性のモデルが二人、撮影スタッフが二人、カメラ担当が一人の総勢5人の撮影隊。

 グレムリンどもは、これから始まる撮影を想像してソワソワ、ワクワクしています。そしてけっして着物の撮影や、ロングドレスの撮影ではないことではないことを願いながら。

 すると、モデルさんたちは、さっさと着ている表面をはぎとり、水着になり、ポーズをとり始めるではないですか。「さすがプロだわいね~、いい体格をしているでないかい、もう一人の子はチョットやせすぎだわい。」かってに言いたい事をほざいております。グレムリンどもは、生身の水着で、モデルが身近で、ポンツーンに横になり、長い足をくんだり、曲げたり、両手で抱えたりのポーズは、初めて観る経験です。おおいに興奮してしまっております。

 カメラマンはいろいろと、モデルにポーズの注文をつけ「いい、ようし、もうちょい。」とかいっているようです。ようです、とは我々の船がカメラのフレームに入らないように、少し離れて撮影を始めやがったからです。やはり グレムリン数匹を(そのときは4匹)水着のモデルとカメラのフレームに入れるのは避けたようです。たしかにハッチから異様に首を伸ばして鼻の下をのばして観ていたり。ヨットの明かりとり窓から、顔半分を覗かせ、赤く充血しためんたま、だけのギラギラ、グレムリンはカットでしょう。

 撮影隊が撮影を終えて撤収すると、グレムリンどもは、即その撮影場所にダダーと駆け寄り。

「此処で座っていた。こんなして、このクリートに座っていた。」

観ていたポーズを真似てポーズをとり始めた。

「ちがう、あんなでなかった、こんなして足はこうだった。」

もう一匹のグレムリンが姿勢を直します。短い足を不安定にひっしに、くんだりして。 

「クンクン、まだ香りが残っている。」

「あい、どこに、どこに~ピャ~。」

「ここ、ここ、ここに座り、こう足を広げて手はこうしていた」

一匹が、短い両足をパカっと広げ、お尻をペタンとポンツーンにつけ、やにわに前足で、すりすり前進をしはじめた。

「ああ、、よせ、せっかくの香りが、おまえの○○のにおいになるでないかい。ばかものめ、よしなさい。」

        

 * グレムリン閑居して不善を為す                   

                 

                                                                                         

 

 

  宜野湾マリーナ沖のセーリング
宜野湾マリーナ沖のセーリング
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