HOME

 胆のう摘出手術をして1年も経った。現在はすこぶる調子が良い、飯も美味いし、お酒も美味い。が、いまでこそ、良い調子ですが最初のころは大変だった。まだ、体が慣れていなかった。何が大変だと言うと、下っ腹が極端に軟らかくなったのです。朝飯を食い、しばらくすると行きたくなるのです。個室へ。しかも、午前中に何度も。

 前の晩お酒や油っこいツマミなどを食いすぎると、翌朝は個室との往来が頻繁になった。とくに車で移動中、急に、もようすのにはまいった。急激な刺し込みが、前触れなく来るのです。体調は良いのに来るのです。そんな時は、ハンドルを握り締めなんとか我慢をしますが時間の問題です。ひたいには脂汗をにじませプルプルしながら、とにかくG/Sを捜します。

 しかし、進行方向にはまだG/Sは見当たらない。「ああ、もう我慢ができない。信号二つか三つで駄目かもしれない。」足は、つっぱり、腕は曲がり、運転席でつい前かがみの姿勢に自然になってしまう。ようやく、G/Sにたどり着き、G/Sスタッフに「千円分お願い、レギュラーね、トイレどこ?」と聞きます。

 スタッフの指差す方向を確認すると、静かにドアを開け、体重をゆっくり移動しながら歩き出します。腕をのばし、こぶしを握り、前かがみにあごを出し、すり足ズリ足で、ゆっくりプルプルしながらトイレに向かいます。「どうか、先客が居ません様に。居ないように。居るなよ。願います。」と唱えながらたどり着き、ようやく事を完了させホッとします。

 この症状は、どうやら、肝臓と十二指腸との間をつなぐ胆管の途中にあった、胆のうを全摘出した為、が原因のようだ。胆のうとは「肝細胞でつくられた消化液の一種である胆汁は、胆管を通って十二指腸に運ばれますが、普段はその途中の胆のう管を通って胆のうに運ばれ、5~10倍の濃さに濃縮され貯えられています。食事、特に脂肪の多い食事をしたときに、胆のうが収縮して胆汁が十二指腸に放出され脂肪の消化を助けます」と専門家が解説しています。

 そんな、袋を全摘出したので、胆管は単なる管状態になり、液体の胆汁が、のべつまくなし流れ続けて腸内を水っぽくしてしまい、お腹が軟らかくなり、下っ腹がダイヤリー状態になり、即排出したくなるのもしかたがない。一方、脂肪の多い食事をしたときは、胆汁液が薄いものだから脂肪分の消化は助けない。すると、結果は、オイルと水分でエマルジョン化状態になった腸内は、緊急・至急・出動・排出・速く速く・態勢になるのです。

 

 人間は、なぜ、あっても、なくてもいい胆のうがあるのでしょう。人間というより哺乳類ですね。肉食動物と言った方がいいです。草食動物は脂っこいものは好きでないはずだ。だいたい、脂っこい草はそうそうない。ということは、肉食動物、雑食動物しか胆のうという臓物は持っていないことになる。

 地球に生物が誕生して海中生活から陸上生活に進化して、様々な動植物に枝分かれしたのが、我々、哺乳類。ということらしいですが、いつの時代から胆のうという袋ができたのでしょうか。生物の初期進化のころから細い胆管にコブのように引っ付いているのがあったとは思えない。取って捨てても、命に影響がないものが進化の初期に胆嚢が付いていたとは考えにくい。胆のうは進化の後期に胆管の途中に、突然変異で偶然コブが出来てそれが次第に大きくなり胆汁を蓄え効率よく供給するようになったのだと思う。

 ☆ 肉食動物、雑食動物の、胆のう、の初期進化又は、突然変異はいつのころか?

 時代を特定すると、原始時代の初期・ギャートルズのころ、狩る者と狩られる者。たまに、その反対になったり、ややこしい時代です。その時代は、弱肉強食の世界。その中でも食物連鎖の頂点は、猛獣のサーベル・タイガーです。そのタイガーは一家の夕飯の調達の為、いつもの茂みに隠れ獲物が通過するのを待伏せします。そこに、ひずめの四つ足が、草をはみながら4~5匹集団通過しようとしています。サーベル・タイガーにはチャンスです。

 生い茂るブッシュに出来るだけ、全身が隠れるように、なるべく低く構え、微妙に、しっぽの先端に緊張感をただよわせ。獲物の最後尾のひずめに狙いを定め、まさに、絶好のタイミング。今だ、と、ジャンプしようとした瞬間。下っ腹に急なさしこみが来た。「イカン、こんな大事な時に、もようした。あ。」この状態では、俊敏な、ひずめの四つ足を襲うどころではありません。

 背に腹はかえられません。サーベル・タイガーは、さらに、深みの茂みの中に潜り込み、葉っぱを2~3枚ひきちぎり、屈みこんだ。事を済ました後「くそ~。肝心な時に」と自分でひった糞に、後足で、土くれをいまいましげに何回か、かけ投げつけてやった。ひずめの四つ足どもは、何事もなかったかのように、短いしっぽをふりふり、チョコボールのような糞をポロポロひりながら、あごをモグモグ。悠々と広い見晴らしの良い草原へと抜けていった。

  原始時代には常に、上記のような事例が頻繁に有ったのです。狩りの失敗率の80%を占めていたのです。猫科や犬科が糞をひった後、後足で砂などをひっ掛けるのはその悔しさや、残念さを、表す行為なのです。それにしては、現代の猫や犬はぞんざいだ。中には、花壇の鉢に、これ見よがしにこんもりと、置いていくやつもいる。後足で砂を掛ける行為すらしない。真剣とは思えない。その点は、退化している。野生さがない、残念さが感じ取れない。真面目さがない。

 敵に自分の形跡を知られないようにする為に隠そうとする行為と言う説もあるが、そうは思えない。ちゃんと、隠すなら、かなり深くひじの深さまで地面を掘り返し、そこに注意深く糞をひり落とし、土や砂を掛け。さらに踏み固め、カムフラージュしなければ形跡を消したとは言いがたい。

 そういうことで、胆のうがまだ発達しないころの原始時代初期は常時お腹が軟らかいためが原因で、命の糧の狩りを幾度も失敗を重ねた時代。いまいましげに、糞に土くれを投げつけた行為が、現代の遺伝子に組み込まれ受けついだと思うのが自然なのです。

 

 同じ時代、人間も原始時代初期に、同じ症状には困っていた。ある集落の、男どもは、集団で狩りを効率よく、担当を決め、追い込み担当組と待伏せ担当組とに別れ、マンモス狩りをしていたが、成功率はと言うと、やはり、あまり結果はよくなかった。狩猟へと出かける時の、携行武器のこん棒、ヤリ、投げつける石等は、当たり前の必須携帯品ですが、もう一品必ず携行していたのが広葉樹の葉っぱだったのです。

 狩猟前の点呼で、集落の長老が確認するのは 「皆さん、こん棒や、ヤリや、石は持ちましたか~?。それと、このあいだ、葉っぱを忘れて取りに帰った。追い込み担当組の方がおられましたので注意してください。いいですか。そういう方がチームワークを乱すのですよ。糞をひりたくなったら近くの茂みと、その辺にある葉っぱで済ませなさい。肌に優しいこだわりの葉っぱ。などと言うことは関知致しません。」 長老はけっして「糞など、朝飯前に済ませておけ。」などとは言いません。胆のうがまだ発達しないころは糞をひりたい時は、ひりたい時にするのが常識だったのです。

 そういった注意や、作戦を練ったあと狩猟集団は、互いの役割のとおり、地形的にもマンモスを有利に追い込める場所に配置に付いた。そして、少し離れた草原でのんびり草をはんでいるマンモスを追い込み、待伏せ担当組が一気に逃げ場をおさえ、一斉に攻撃を加え、そこに、追い込み担当組が合流して波状攻撃する算段です。

 追い込み組は、最終チェックも済まし、作戦のとおり準備万端、配置、行動し、マンモスを予定地に予定どおり追い込んだ。今回の狩りは、うまくいくかと思った。マンモスは包囲網に追い込まれた。しかし、マンモスが運良く手薄な箇所を見つけそこを走り抜けようとした時、待伏せ担当組の1人が、体を張って阻止しなければならない大事な場面で、担当の下っ腹に刺し込みが来た。

 こうなるともう駄目だ。力は抜けるし、集中力は無くなる。思わず茂みに入り込み、かがみこみ携帯している葉っぱを取り出した。マンモスはすり抜けて行く時。人間に声を掛けた「あ~、なんで~、どったの~」 担当「急なさしこみが」 マンモス「あ~、そうなんだ。ごゆっくり~。じゃ~ね~。」これ幸いと、土煙を上げながら仲間の集団へと走り去っていった。

 土煙が落ち着いたころ、仲間たちが駆け寄り、かけた言葉は「しかたない。自然現象だものしかたないしかたない。」互いに、互いの肩を叩きながら慰めあう。

 (しかたない。の語源は、をたたき合う。が語源なのです、だんだん、たたくしかない、に変わり現代の、かたないに変化したのです、)←尚、確認、調査、裏づけを取っておりません。ご了承ください

 いくらなんでも、こんな体質では、厳しい弱肉強食の生存競争世界には、生き残れない。肉食動物は認識し始めた。せめて狩りの時間くらいは、糞をひるのは抑えようと艱難辛苦、我慢に我慢を、重ね努力に努力重ねた結果。ようやく、原始時代後期のころには、完全に例の症状を抑え込んだ。

 胆管に、胆汁の備蓄用袋・胆のうが、進化発達して完全に機能し始めたのです。地球的歳月をかけて、ようやく胆のうが完成したのです。いまでこそ、現代の肉食獣は何気なく過ごしていますが胆嚢は祖先が生き残る為、臥薪嘗胆。死にもぐるいで完成させたのです。

 「臥薪嘗胆」と言う古い中国のことわざが有りますが、昔、昔の原始時代に中国大陸で活動繁殖闊歩していた北京原人たちが洞穴の中で火を熾し、獲物の肉料理などが出来上がる。うれしい。たのしい待ち時間に、長老のじっちゃまが、孫たちを火の回りに集め、祖先の昔話・苦労話・を聞かせたのが子孫に伝承され言い伝えられたのが語源なのです。

 わんぱくな孫たちは、静かに正座をして、じっちゃまの昔話に聞き入った。そうしないと骨付き肉がお預けになるから、我先にと、大げさに正座した。「昔、昔、人間は、まだ胆管に胆のうが発達していなかった。そやけん、その時代は、それは、それは、獲物が取れなくて取れなくて。もう大変だったんよ。」と苦労話を言い伝えた。その言い伝えが、長い年月を経て北京原人の子孫に口伝えで伝わり、それがクロマニヨン人に伝わり現在の中国大陸のことわざとして残っているのです。

 

 と、空想していると、近所の放し飼いの犬コロが、俺の車の運転席のドア側の、地面にプルプルと糞をひっているではないか。バカ犬めが。あ、、フロントタイヤのデスクブレーキにマーキングしやがった。どおりで最近ブレーキを踏むとキーキイ音がすると思ったら、あのバカ犬のせいなのか。原始時代の犬より退化しやがって、所かまわずマーキングするバカ犬め。せいばいしてくれる。頭に来て石を投げたら、跳ね返り俺の車のボディに当った。くそ~

 俺は胆のうが無いから、始め人間ギャートルズなのだ。いつかあの犬を待ち伏せして、とっ捕まえてホット・ドッグにしてやるのだ。茂みのそばで待機するのだ~。こだわりの葉っぱを用意するのだ~。うりゃ~。ギャートルズばんざい~。「ああ、いかん 葉っぱ、葉っぱ・・・・・・早く 速く。」

進化か 退化か
もどる